【考察】ITZY『THAT’S A NO NO』──当時16歳のユナは なぜ「17歳」と歌ったのか

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3月の動画公開から大反響を得ている、K-POP5人組ガールズグループITZYの『THAT’S A NO NO』。6年前、2020年3月のアルバム収録曲を今年2月にライブで披露し、これを事務所側が公式アカウントで公開したところ、2000万PV超えの大バズリとなった。

筆者はこの楽曲を「夜通しで踊りたいと思っている17歳の女の子が、周囲の否定的な視線に対し、心の内面で『それはご勘弁(THAT’S A NO NO)』と拒否する歌」と分析した。

ここではさらに、「細かすぎる考察」を。

「当時16歳のユナは、なぜ『17歳』と歌ったのか」

歌詞の冒頭は、最年少メンバー、ユナのこの一節から始まる。

「태생이 그래 난 흥이 넘쳐 열일곱 살인데 뭐(テセンイ クレ ナン フンイノムチョ ヨルイルゴプサリンデ ムォ)」――生まれつきそうなの。私はノリが溢れてる。17歳だけど、なに?

ところがユナ本人は、2003年12月9日生まれ。アルバム発表時点では満16歳だ。「17歳」と歌っているのに、本人は16歳。なぜ違う年齢を言うのか――というのが、この考察のスタート地点だ。

本論に入る前に、韓国文化を知る「別のレイヤー」が練り込まれている。年齢の数え方についての話だ。

実は当時、ユナは「18歳」だった。

冒頭から「16歳なのに17歳を歌う」という設定で問いかけを行ったのだが、これがちょっとややこしい。じつはユナ、2020年3月のアルバム発売時には「18歳」だった。

いったいどういうこと? そう思われるかもしれない。ただこれは、韓国文化を紐解く上で重要な話だ。

2020年当時の韓国には、年齢のカウントが三層あったのだ。

  • 「数え年」――生まれた瞬間が1歳、1月1日に全員が一つ歳を取る。日常会話で最も広く使われていた数え方。「胎児も人間」という儒教思想的な考え、また伝統的な農村の共同社会で「村の子どもの年齢をまとめて数えやすくする」という発想と結びついた考え方だ。実は日本でも1902年の「年齢計算ニ関スル法律」で満年齢が採用されるまで、法的にも数え年が標準だった。

2003年12月9日生まれのユナは、生まれた瞬間に1歳、2004年1月1日に2歳になった。こうやって年を重ねていき、2020年1月1日に「18歳」になったのだ。韓国では2023年6月28日に「満年齢統一法」が施行されるまでは、社会的にこちらが標準だった。ただこれは「基準が2つあるのはややこしい」として当時の尹錫悦大統領が選挙公約時から撤廃を掲げ、実際に実行されたのだった。

残りのふたつの数え方は以下の通りだ。

  • 「年年齢(연 나이/ヨンナイ)」――「現在の年から生まれた年を引いた数」。男性が兵役に行く際や、青少年保護法(飲酒・喫煙・夜間外出など)で使われてきた。「新聞年齢」とも呼ばれる。
  • そして「満年齢」――民法上の原則で、国際標準(=つまり日本)と同じ。

ユナを当時の三つに当てはめると、満16歳、年年齢17歳、数え年18歳。 そして、当時の韓国の日常会話で標準だったのは数え年だった。本人も、周囲のメンバーも、韓国ファンも、ユナのことを「18歳」として認識していた。歌詞の「17歳」は、年齢を多く言っているのではない。一つ若く言い直しているのだ。

「夜通し踊る」が成立しない年齢

歌詞にはもう一つキメがある。サビで出てくるこのフレーズだ。

「밤새워 밤새워 춤을 춰」――夜通し、夜通しで踊るのよ。

それが可能な場所として、一般的にイメージできるのはクラブだ。ソウルなら梨泰院、弘大、江南あたりのダンスクラブ。だが韓国の青少年保護法では、クラブやバーへの入場は「満19歳未満」が禁止されている。

歌詞のなかの「17歳」は、どの数え方を当てはめてもクラブに入れない年齢なのだ。満であれ、年年齢であれ、数え年であれ、17歳ならフロアの手前で止められる。

「17歳」と「夜通しで踊る」は、本来両立しないはずの組み合わせ。歌詞はこの矛盾を、わざと抱え込んでいるのではないか。最初から「現実ではあり得ないけど、歌のなかでだけ成立する場所」を描こうとしている歌、ということだ。

18歳が17歳に戻る、という意味

韓国の高校生の多くは「3年間まるごとを大学受験のために過ごす」と言っても過言ではない。

最後に待ち構えるのが「修能(スヌン)」。つまりは、人生をかけた一発勝負の大学修学能力試験。多くの3年生は朝7時から夜11時までの勉強漬け、塾、夜間自習、家庭教師。警察車両が遅刻寸前の受験生を会場に送り届けるニュースが毎年話題になる。こういった受験戦争はドラマのテーマにさえなってきた。

そして当時の数え年で「18歳」というのは、ちょうど高校2年生。受験の渦に本格的に飲み込まれていく、その入口の学年だ。

そこから一つ若返った「17歳」――数え年で言えば高校1年生にあたる年齢――は、まだ受験に完全には捕まっていない、最後の踊り場のような時期でもある。まだぎりぎりの自由が残っている年齢。

歌詞のなかで「18歳」のユナは、わざわざ一つ前のその年齢に戻って歌っている。

「私はまだ17歳なんだから、なに?」

現実の私は18歳、受験の渦の入口、クラブにも入れない。それでも歌詞のなかでは、一年若返って、本来は禁じられたクラブのフロアに踏み込んで、夜通し踊る。時間の離脱と、空間の離脱、そして法律の離脱。この三重の禁忌破り(あくまで楽曲の世界の中で)を、一行でやってのけたのが冒頭の「17歳」…というのは深読みし過ぎか。

「離脱」というキーワード

ここで思い出すのは、近年の韓国のトレンドキーワード「離脱(イタル)」だ。日本でいう「日常離脱」、ハードな日常から飛び出してヒーリングを得る感覚。

2019〜2021年のヒットドラマ『椿の花咲く頃』『サイコだけど大丈夫』『海街チャチャチャ』『その年、私たちは』はいずれも、主人公がソウルと地方を行き来する設定だった。空間的な離脱を、当時の韓国の物語が一斉にやっていた。

この『THAT’S A NO NO』は、空間でも、時間でも、法律でも、現実から離脱する歌だ。歌詞のなかでだけ、一年若返った女の子が、本来は入れないクラブのフロアで、夜通し踊る。三重の禁忌を、歌のなかで一気に飛び越えてしまうのだ。

作詞・作曲担当のシム・ウンジが引き当てたもの

のみならず、「17歳」という年齢自体に韓国社会での独自のイメージもありそうだ。

反抗や、主体性確立の象徴年齢としてのイメージだ。古い話だが、1938年に「私は17歳です」という歌謡曲がヒットした。青春そのものを歌う楽曲だ。2008年には17歳の少年が父や祖父に対して、髪を切らないことで抗議を続ける文学作品「17歳の毛」が国内文学賞で大賞を受賞する反響を得た。

『THAT’S A NO NO』の作詞家・シム・ウンジらは、TWICEの主要曲を手掛けてきたヒットメーカー。この楽曲で、冒頭の主人公の設定を歌うユナが当時の韓国で「18歳」として生きていることを、知らないはずがない。それでも一つ若返らせて、しかもクラブに入れない年齢に置き、歌のなかでだけ夜通し踊らせた。

シム・ウンジは、歌詞のなかに「17歳」と書き込んだ。そして制作チームは、その一行を最年少のユナに振った。当時18歳だった彼女に、わざわざ一つ若返らせて歌わせ、本来は入れないはずのクラブのフロアで夜通し踊らせる、という構図ができあがった。 時間も、空間も、法律も、現実の縛りを全部ひっくり返してしまう一行。 それが冒頭の「17歳だけど、なに?」だ。 ステージのビジュアルとダンスのキレに、世界中が引き込まれている。その表面の下に、こんな仕掛けが沈んでいた。

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匿名さん
ザツノノに続いてMottoも流行ってほしい🥹
匿名さん
Motto待機ㅠㅠ🍦
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